上町台地(うえまちだいち)とは、大阪城付近、天満橋の辺りから南の天王寺区 天王寺へ抜ける大阪市内の台地である。
明確に上町台地を画するものはなく、古地図や戦後実施された大学や行政等の地層断層検査などの結果から5世紀頃において既に砂嘴として形成されていたと予想される部分を上町台地と推定している。
もともと、江戸時代までは河内国 河内(かわち=大阪南西部の旧国名)を形成していた大和川が柏原市 柏原から北へ蛇行し現在の東大阪市から大東市あたりに大きな池を作り、現在の天満橋の辺りで淀川(大川)と接合して海へ流れていたことから、上町台地の北の端は大阪市中央区 (大阪市) 中央区天満橋あたりであり、南の端は住吉区の苅田付近までにわたる。行政区としては、中央区の東部分、天王寺区、阿倍野区、住吉区北端と南部の一部にわたっている。
上町台地の詳細
土佐の旅No10・・・植木枝盛、坂本竜馬の史跡(by 早島 潮さん)
平成20年11月4日(火)
高知には竜馬の他にも民権思想家や政治家、文豪など歴史に名を留める著名人の旧跡が多い。
竜馬の史跡を訪ねる途中で植木枝盛の旧邸跡も見学できた。旧邸は人手に渡っている。現在も人が居住していて邸宅内を見学することは出来ず記念碑だけを見学した。
高知と言えばなんといっても坂本竜馬である。至るところに竜馬にあやかった商品が溢れている。竜馬の史跡を辿ってみることにした。
先ず竜馬誕生の地。播磨屋橋を通って高知市を東西に貫く国道33号線上の商業ビルの立ち並ぶ一角の上町病院の前に坂本竜馬の誕生地の碑が建っている。明治百年記念(1968年)に竜馬の偉業を顕彰して建てられたものである。
続いて「竜馬の生まれたまち記念館」へ脚を伸ばした。入館料が300円である。武家屋敷にしろ寺田寅彦記念館にしろ入場料は無料で貴重な資料を見学することが出来たのでさぞかしここでは有料だけに多くの貴重な資料が見学できるであろうと期待したのだが見事に期待は裏切られた。見かけの建物の大きさに比較して収蔵されている資料の数は少なく、展示の方法に多少の工夫が認められるだけのことで、300円の入館料に見合う価値はないと思った。後発の施設だから維持費に経費がかかるのは判るが貧弱な展示内容で安易に入館料を徴収するのは如何なものであろうとの印象をぬぐえない。
それでもこの「竜馬の生まれたまち記念館」で発行している「竜馬を育てた道」というパンフレットは優れた資料であると評価したい。
【旅行時期】2008/11/04~2008/11/04
【エリア】
高知市内
【テーマ】
【投稿者】
早島 潮
ぶらり大阪まち歩き・上町台地の寺町界隈を散策するコース?(by 目黒警部さん)
JRさんのH・Pに『ぶらり大阪まち歩き』という、おもしろいサイトがある。
駅からはじまるハイキングという、サブタイトルがついている。
http://pamph.jr-odekake.net/navi/hiking_extra02/様々なコースがあるが、今回は私が生まれ育った『上町台地の寺町界隈を散策する』コースに沿ってぶら〜りとしました(後編)。
前編・・・
http://4travel.jp/traveler/megurokeibu/album/10220383/
ぶらり大阪まち歩き・上町台地の寺町界隈を散策するコース?(by 目黒警部さん)
JRさんのH・Pに『ぶらり大阪まち歩き』という、おもしろいサイトがある。
駅からはじまるハイキングという、サブタイトルがついている。
http://pamph.jr-odekake.net/navi/hiking_extra02/様々なコースがあるが、今回は私が生まれ育った『上町台地の寺町界隈を散策する』コースに沿ってぶら〜りとしました(前編)。
後編・・・
http://4travel.jp/traveler/megurokeibu/album/10263223/
大阪まちあるき 音声観光ウォーキング2(by ゆったんさん)
(財)大阪観光コンベンション協会が実施している「大阪まちあるき 音声観光ウォーキング」というのがある。ネットから音声ガイドをipodにダウンロードして、それを要所で聴きながらガイドマップに沿って観光をするというものだ。以前、その中で「真田幸村と大坂の陣〜上町台地から大阪城〜コース」を楽しんだ。今回は「レトロ浪漫中之島タイムトラベルコース」を歩いてみた。
http://www.osaka-info.jp/machiaruki/
【旅行時期】2008/04/21~2008/04/21
【エリア】
大阪市内
【テーマ】
【投稿者】
ゆったん
【横瀬浦と八ノ子島】(by kokonoさん)
久しぶりに岸壁釣に出かけました、釣果は私くしが0匹 奥さんアラカブ2匹で 息子1匹でした・・
横瀬港は佐世保市の港へ連絡船が運航されています 約15〜20分だそうです
横瀬浦は1562年に開港された、ポルトガル船の来航に備えて創られた上町・下町には
商人が集まり城山には美しい天主堂が建てられて、平戸に代わる貿易港として将来を祝福されたが・・ その期間は僅かに2ヶ年で船の入港も2回にとどまった・・ 後の長崎開港の先駆となり近世日本の誕生に
重要な影響を及ぼしたとあります
横瀬港にある小さな 【八ノ子島】 沖合いおよそ500メートルに大きい十字架の立った小島です
ポルトガル船寄港400年を記念して1962年に復元されたものだそうです
港へ行き交う船舶と帰り道に散策した風景を掲載しました
まだまだ、静かな港と岸壁があるんだなぁ〜と感じましたよ
次の機会には大物鯛を仕留めて見せるからね・・ ??